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丹後考Y ー参考図ー モズ古墳群と古市古墳群配置図
|嵐山古代史|嵐山文学|・ 水色は水面のみを記載しています。古墳以外は、河川・海・池です。 人口池もありますが、多くは低湿地帯の名残であります。 ・ 数字は古墳の全長です。中ほどにある335mの河内大塚山古墳は今日の調べで 円墳と方墳が組み合わされたものとされる。 大古墳の周囲には陪塚と呼ばれるものが多くある。また古墳群の中には巨大な円墳も あり、前方後円墳以前の古墳が集合していることから、この一帯は墓地として 機能していた。土師氏の拠点であり軍港・交易の拠点としても機能していたと 思われている。今日の考えでは想像し得ないが、当時の陵墓の機能は祭祀の場であり 外交の場として用いられた。仁徳陵で延べ680万人を試算で要するという規模は 訪れた人々を圧倒したことだろう。