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『 世界 』 ( 前作『高野悦子が遺した歴史』より) 『 世界 』、私が追求したいのは精神世界のことです。人間が主体的態度で何らかの価値観に基づいて

形成したものである。実体験によって育まれた価値観であって理論的概念ではない。

感情を有する生物であれば必ず持ちうるものです。しかし、人間以外の生物の場合、人間がその気配を

察知しなければ存在するとはいえないのである。私が飼っている犬のことを例として話しましょう。

彼には、恐怖心・喜び・悲しみ・怒り・悩み・嫉妬心・夢などが人間と同じようにあります。さらに

それらの表現は、瞳の動き・顔の表情と変化・態度・しぐさなどに見られる。それは言葉をまだ知らない

幼児と何ら変わらない。声の質も強弱も、さらに口・顎の使い方を心得ている。最近のブームで注目されて

きたがノイローゼに陥ることもある。寝言を聞くと夢も様々に見ている。

人々は何らかの組織に所属しているが、そこでこんな経験はないだろうか。組織体そのものを愛する

ことです。その中に所属している人達以上に愛することを。人間より組織を愛するとは何事かとお叱りを

受けるが事実あるのです。しかしよく考えてみると、組織体を愛したのではなくて別のものを愛している

ことを誤解していたのです。確かに、組織には歴史があり社会的役割などを持っているが、愛したのは、

その企業で過ごしている間に形成され、育まれた自分自身の固有の『 世界 』(あるいは世界観)を

愛していたのです。

また、同志と呼べる人や共に人生のある時期歩んでもよいという人には、自分と似通った『 世界 』を

発見するだろう。そしてこの『 世界 』は一個人に複数存在すること、相互に重なり合うこと、多岐に渡ることがある。

子供の遊びに存在する世界、趣味における世界、家庭にみる世界、喫茶店での世界、日記の世界、

恋人と過ごしている世界、などなど。何と多いことだろう。たとえ、既に持っている世界が否定される

事態になっても恐れなくてよい。新たな『 世界 』が誕生するのだから。恐れなくてはならないのは、

演技者としての世界であり、機械人間としての世界であり、偽りの世界である。( これを書いた半年後、

神戸で中学生による惨殺事件が起きた。恐れる世界を抱いた結果である。)

うつ病的な心の状態は存在しつづけなければならない。繊細な感受性を否定することはない。各人固有の

『 世界 』は他者の及ぶところではないが、気配を察知することは出来る。

高野悦子が持とうとした『 世界 』は別の機会に譲りたい。



彼女は不幸にして(生きている者からの判断だが)、気配を察知する人に出会えなかった。

彼女の人間としての生き様はかけがえのない『 世界 』から発せられたものである。

他者から与えられた世界ではなく自ら創造した世界を持てるように生きていきたい。

そのことを遺された人々に告げたかったに違いない。

{ 参考資料 } ・・・岩波小辞典「哲学」より参照 世界 宇宙ともいい、さしあたり存在する事物現象一切の総体をさすが、哲学では単に物質的自然だけでなく 社会的精神的事象すべてを含める。また普通はわれに対する客観的な世界をさすが、これを 含める場合もある。注意すべきは、我々が捉えるのはその一部または一面であることが普通の 見解としてある。 世界観 世界の全体的統一的な把握をいうが、世界像のように単に客観的な世界の知的な見方ではなく、 人間の存在ならびに態度、すなわち行為、生活、理想、評価などの実践的情意的な態度をも 含む。したがって見るとともに創造する意味をもち、人間の主体的な態度の表明であると いわれる。単に狭義の哲学思想のみならず、神話、宗教、文芸などの思想のうちにも 見出される