NEXT 戻る

                     
data no.1 Oさんからの手紙 ー 全文 ー ここに、『 続・高野悦子論 』の初めての資料を提供させていただきます。 なお、今後さらに言葉や文章について説明を加えていきたいと考えます。  私は昭和50年生まれです。この本を読む上で読み手の世代は重要な要素に なるのではないでしょうか。  当然、私は60年代の学生運動を知りません(経験してません)。 私が初めてこの本を読んだのは高校1年の時でしたが、高校1年の知識では とにかく書いてあること全てに反応してしまいました。つまり、どういうこと かと言いますと、頻繁に出てくるマルクス主義もしくは学生運動に関する 記述などにも目が行ってしまうのです。  この本は、(貴方の表現を借りると)『 人間として 』普遍的な(世相が 当時と違っても変わらないという意味では不変的といってもいいかもしれ ません)問題意識を提示しているわけですが、それと同時に当時の時代背景 をも如実に反映している部分もあると思います。初めて読んだときに私は 物珍しさから学生運動の思想的なところなどに目が眩んで肝心の人間としての 普遍的な問題についての記述を十分に意識できなかった気がします。  文学作品を読むときにその書かれた時代背景を考慮すべきかどうかという ような難しい議論はよくわかりません。ただ、この本の日記という性格上 時代背景を踏まえて注意しながらこの本の提示する普遍的な問題意識を 読み取らなくてはと思いました。とくに、同時代を生きていない私には それは重要なことに思えたのです。  例えば、「私の敵が独占資本であることにうすうす気付き始めた」(69.2.11) や「自分の世界を作りあげようとすれば、すぐに政府という怪物にぶち当る。」 などという記述がありますが、さすがに真に受けることはなかったものの 違和感を感じながらも「そんなものかな〜」と思いました。 また、最後の詩に「そして独占の機械工場で作られた」という部分があるの ですが、その詩全体からみるとなんとなく浮いて見えたものです。  ただ、何度か読み直すうちにその違和感のようなものが、普遍的なものに 紛れ込んでくるその時代特有のものであることに気付きました。  彼女の日記は3冊出ているわけですが、日記の日付順に読んでいくと 大学の入学前後で私の受ける印象は変わりました。大学入学までの日記は 正直なところ「真面目な一少女の日記」といった印象を越えませんでした。 大学入学前の日記にも自殺に関する記述が多数登場します。でも、それは 少なからぬ人々が思春期に思う域を越えてないでしょう。  ところが、大学入学後の日記は正に抜き差しならぬものになりました。 大学には彼女に対して強烈な影響を与える環境があったのでしょう。  そこで、私はその当時の環境も意識ながら、時には彼女と同化し、時には 冷静な観察者として大学入学から命が燃え尽きるまで日記を読んでいきました。  大学に入ってすぐの頃、彼女は「主体性」という言葉を何回も書いて います。「自信と誇りをもつ主体性のある人間になるよう努力しよう」 (67.4.9)としたのでした。まわりの人は信念をもって行動しているのに 自分は考えが定まらないと彼女は悩んでいたようです。  当時の学生には現代と違ってある程度方向性というものが示されていた のではないでしょうか。その最たるものが学生運動だと思います。 雰囲気として「主体性を持って行動する」というのが強く叫ばれていた のではないでしょうか。真面目な彼女はすぐに答えのでない問題について 思考錯誤を繰り返し、方向性が見いだせません。それは仕方ないことだと 思いますし、そのような状態こそが尊いものだと私は思います。  でも、「主体性」が叫ばれる時代に、思考錯誤を繰り返す彼女は周囲から 「あなたは一歩とどまっている」(67.5.23)などといわれてしまいさらに 悩んでしまったのではないでしょうか。  彼女は、「青春の墓標」を読んで奥浩平さんの突っ走る姿に憧れを感じて ました。しかし、私が「青春の墓標」を読んで思ったことは、彼には 「突っ走る目標」が幸運にも明確にあっただけということです。 彼女は終始学生運動について真剣に考えました。しかし。実際に参加するのは かなり最後になってからでした。奥浩平さんの頃と彼女の頃では学生運動は 微妙にしかし確実にその内容が変質していたと思います。「議論のための 議論」や「活動のための活動」などの空虚なものもあったでしょう。 感性の鋭い彼女がそれを感じとって、学生運動に没頭することがついに 出来なかったことは想像できます。  もし、学生運動に没頭できたら彼女にとっては「楽」だったでしょう。 でも、それはできなかった。かといって、完全に問題を視野の外に置いて 楽に生きることも生真面目な彼女にはできませんでした。まさに、彼女に とって不幸な時代に生まれたようですが、それゆえに人間としてあれだけ 壮絶な足跡を残したのでしょう。  さて、そんな彼女もなんとかバランスを保ちながら大学も2回生の後半 までやっていきました。しかし、彼女をさらに追い詰める契機が起きて しまいます。68年12月の暴力的性行為です。自己批判・反省を繰り返し ながらも彼女は何とかやってきました。そして、ワンゲル活動について 「人間一般を信じるように、私はワンダラー一般を信じている」(68.11.29) とも書いてます。  しかし、それが一瞬にして「怒りと不信」「徹底的に孤独になれ!」 (68.12.17)となってしまうのです。  その約2週間後彼女は「未熟であることの認識」「独りであることの認識」 という決意表明をします。これがいわいる「二十歳の原点」になるのですね。  「未熟であること」「独りであること」。これはそれぞれどのようなことを 言っているのでしょうか。  まず、「未熟であること」についてはこの記述がそれをよく表わしていると 思いました。 「人間は完全なる存在ではないのだ。不完全さをいつも背負って いる。人間の存在価値は完全であることにあるのではなく、不完全であり その不完全さを克服しようとするところにあるのだ。人間は未熟なのである。 個々の人間のもつ不完全さはいろいろあるにしても、人間がその不完全さを 克服しようとする時点では、それぞれの人間は同じ価値をもつ。そこには生命の 発露があるのだ。」  では、「独りであること」についてはどうでしょう。「他人の足で歩くこと はできない。己の足で大地に立ち歩かねばならぬ。」「独りで歩かねばならぬ が、集団の中を独りで歩かねばならないのである。」(68.12.31)や「独りなの だ、おまえ自身の世界をもつのだ。」(69.1.27)という記述が目をひきました。  次に「未熟」と「独り」、この2つの認識の相互関係を私は考えました。 しかし、これは難しいことでした。  ただ、少なくとも彼女の「二十歳の原点」は、「独り」ということから 出発してると思いました。「独りであること」の認識こえ彼女が力尽きるまで 闘ったことだと。その証拠に「二十歳の原点」宣言を経た後の日記には 「独」とにう字が頻繁にに登場し出します。  彼女は人間は「独りであること」という認識から出発して、次に「独りで ある自分を支えるため」(69.4.13)「みんなとー緒に生きてい」(69.3.26)く ために「己れの人格を発展させ」(69.2.1)ようとしたのでしょう。  そして、この己れの人格を発展させるのには「未熟であること」の認識が 必要ということなんだと思いました。  「独りであること」という認識とその認識を基にどう生きていけばいいのか。 まさに、彼女は究極の問題にぶつかっていったと思います。これが事実で あることに私は衝撃を受けました。  彼女のさらに凄まじいところは、この「独りであること」の認識を真正面 から見ようとしていることです。「独りになり自分の心をじっとのぞく ことが多くなった。安易にごまかすことは何の解決にもならない」(69.1.17) 「独りになれ さびしさは誰でももっているものだ 甘えるな」(69.2.8) 「独りで生活してみようと思う。学生アパートよりは、普通のアパートの方が よい。それに友達のいない所がよい。」(69.2.12) 人間としてあまりに真摯な生き方だと思いました。彼女は大切なことを 私に教えてくれました。これらの認識がなければ人を本当に愛すことも できないと思います。ただなんとなく生きていくでしょう。  現代は「娯楽」が溢れてます。私は、これらのものを楽しまなくては損だ と思ってます。しかし、「楽しい」だけでいいのでしょうか。いや、彼女が 教えてくれたものを認識してなければ本当に「楽しい」とはいえないとも 思います。また、上っ面の快楽に身を任しているうちに人間として大切なものを 見失ってしまうかもしれません。  それにしても、そのような崇高な生き方をみせてくれた彼女は実に不運 だったと思います。貴方は「彼女は不幸にして(生きている者からの判断 だが)、気配を察知する人に出会えなかった。」と書かれてますが、まさに 的確な表現だなと感じました。  彼女の人間として崇高な生き方もそれに共鳴できる他者を得ることが できなければ「絶望」を生んでしまうでしょう。そもそも「独りであること」は 「みんなと生きていく」ための認識でもあったわけですから。  彼女には牧野さんという共鳴しうる他者がいました。高野さんは牧野さんの ことを「私の唯一の友」(69.3.29)と書いてます。希望はあったのです。 しかし、彼女の生き方はその牧野さんにも壮絶すぎたのでしょう。「牧野と 歩きながら必死になって話したとき、彼女は困惑、軽蔑、恐れ、敵意の表情を みせたではないか。私の全力をうちこんでいる行動に対し彼女でさえも、 そうであったのだ。私が、力んで話せば話すほど、彼女との距離は離れて いくばかりだった」(69.4.18) 「唯一の友」と書いてから1月もたたずに、高野さんはその唯一の友を失った と感じたようです。もちろん、実際はまだ牧野さんと共鳴しあえたかもしれ ません(牧野さんとはその後もたびたび出会っている)。しかし、高野さんの 人間不信感はその可能性を生かすことができなかったのでしょう。  その後の彼女は学生運動という闘争の中に答えを見つけようと必死になる 一方で、「どこかに私をみつめている somenone 」(69.5.7)を求めるのです。  しかし、まず彼女が答えを求めた学生運動については69年1月の東大 安田講堂事件を境に、直後は燃え尽きる前のロウソクのように激化する ものの急速に解体されていったといっていいでしょう。彼女の憧れた奥浩平 さんが突っ走れた64、5年とは状況が変わってました。学生運動は彼女に 何かを与えてあげることはできなかったと思われます。  そういうこともあり、彼女の「somenone」をより強く求めるようになります。 思えば、彼女は昔から「somenone」を求めていました。「私はいつも絶対的 なものに暖かくだかれていたい」(63.11.5) 「もう何もわからない。私を すっぽりつつんでくれる、マシュマロみたいなものがほしい」(65.9.26) (多少、横道にそれますが、中高と彼女は「神」に興味をしめしていました。 もし、彼女が宗教に助けを求めていたら・・・と思うことがあります。)  その「somenone」を求める気持ちは、身近な人間への恋愛感情として 現れました。鈴木、中村などがそうでしょう。  でも、彼女は期待しすぎました。彼女自身も何度も「恋愛の幻想」という ことを書いてそのことに気付いていたと思います。しかし、求めざるを 得ない状況だったのですね。牧野さんと距離が離れたと感じた直後あたりに 「まだまだ、おまえには余力があるのだ」(69.5.5)と彼女は書いて、学生運動に 激しく参加し始めるわけですが、既にこの時点で彼女は限界だったと思います。  そして、鈴木、中村への幻想が打ち砕かれたとき、 「『独りである』とあらためて書くまでもなく、私は独りである」(69.6.20) と彼女は書くのである。それまで、「独りである」とノートに書くことは 彼女にとって闘いだったと思います。彼女にとってノートとはそういう場所 だったでしょう。それが「あらためて書くまでもない」と彼女は言うのです。 また同じ日に彼女は「ノートを書くことの意味」について考えをめぐらして ます。翌日には「何だか惰性でノートにむかうようで」などという記述も あります。彼女は、ここで力尽きたと思います。  以上のように私は日記を読んでいきました。彼女は人間として重要な問題を 私に教えてくれようとしています。しかし、少し気をつけなくてはならないのは、 「彼女は力尽きて死んでしまった」という事実だと思います。 このことについて触れてみます。  貴方さんの書かれている通り、人間として普遍的な問題に対して、「彼女は 行動・学習・具体的目標設定などによって克服を試」んでいきました。 これについて、読みかたが未だ表面的だった私はすっかり感化されて 闇雲に本を読んだりして焦った時期がありました。  しかし、彼女もそのように克服を試みても、貴方が書かれているように 「解決できなかった」わけですね。そして、力尽きた。  もちろん、彼女の克服しようという姿勢やその過程はかけがえのないもの です。これを否定してはいけません。  ただ、不運な外因も多分にあったでしょうが、彼女は死んでしまいました。  「人間として生きる」ということを考えると、彼女はまさに「人間として」 真剣でした。しかし、「生きる」ことは全うできなかったのです。  真面目で真剣なほど生きることは辛いでしょう。しかし、死を選ぶことに なっては「おしまい」だと思います。私は生きていくことが大前提だと 思います。いや、そうだと信じたいです。  では、何が高野さんをして死を選ばざるをえなくない状況に追い込んだ のでしょう。  それは、「焦り」だと思います。彼女は性急に求め過ぎたのだと思い ます。彼女自身何度もあせってはいけないないとノートに書いています。 私はそこに気をつけなければならないと思いました。  高野さんは、人間としての生き方について大切なことを教えてくれている と同時に、「でも、焦ってはいけない」ということも示してくれているような 気が私には思えたのです。  この本を読むと私は気がひきまると同時に安らぎを覚えました。  さて、実はここまでが、私の4年くらい前までの思いです。  そして、今回貴方の文章に出会いました。読んでみて、どきりと した部分があります。 > 「大人になれ」と忠告する多くの人々は、かっても今も、未解決のまま > 放置し、日常生活の流れに身を委ねつつ、逃避行為の言い訳を幾つも用意 > しているのだ。(中略)病という捉え方をする限り解決出来ないのでは > ないかと思う。誰もが通過せざる得ない病と捉えることは、「大人になれ」 > と忠告する人々と同じになる。  4年前、私は高野さんから焦ってはいけないということを教えてもらい ました。それは、先ほど書いた通りです。  しかし、しかしです。いつのまにかに、その「焦ってはいけない」と いう気持ちが、「時が解決するさ」という気持ちになっていたと思います。 また、どこかに「彼女の頃とは時代が違うのさ。あの頃は必要以上に 考えてさせる何かがあったのだろう。」という気持ちがあったとも思います。  その傾向は学生から社会人に近付くたびに強まったようです。  そんな私ですから、今回貴方の文章を読んで目が覚めたような 気分を味わったのです。貴方は私があまり意識できなくなっていた 大切なことを再認識させてくれました。  また、私は貴方の文章を読んで何を感じたでしょうか。  何といっても貴方の文章は最初から核心に迫っているように感じ ました。どうも私は細部にこだわって(つまり彼女の心理状態を追ったりして) この本を読んでしまう傾向があるのですが、貴方の文章は視点が広く 感じました。  とくに、『 世界 』つまり「人間が主体的態度で何らかの価値観に基づいて 形成したものである。実体験によって育まれた価値観であって理論的概念 ではない」というものに関する記述が新鮮でした。  貴方のいう「世界」という概念は少し私には難しいのですが、「世界観」 と言い換えてもよろしいみたいですね。そうすると少しイメージが浮かびます。  私は、先のように「二十歳の原点」を「独りであること、未熟であること、 という認識」について重点をおいて読んできました。でも、彼女がその認識の 果てに何を求めていたのかについてまでは考えることはできませんでした。  読み返してみると、「おまえ自身の世界をもつのだ」「私は私の世界を 模索始めた」(69.1.27)という記述がありました。貴方は、「高野悦子が 持とうとした『 世界 』は別の機会に譲りたい。」と書かれてました。 今後貴方がこのことに触れた文章を書いて下さるのを待ってます。 それを読めば、「世界」という概念や「二十歳の原点」をより深く理解する ことができるかもしれません。