高野悦子論 ー間人 彰 1998.2.2 加筆ー
ningen no yowasa 2
「今までズッと持ち続けた感情」とは、大学受験という人生の第一関門で得た自己評価のことである。
「主体性のない、臆病な、さびしがりやで、周囲と同調しやすい、卑小な人間である。」
その内気さ故に、対人関係においてピエロを演じていたと知った。自分に自信がもてない。
計画をたてるが達成できないその繰り返しに苦しんだ。
一方で、青春時代特有の惰性という逃避行為にも苦しんだ。未熟であるが故に思考と行動への拒否反応
と考えられるし、一つの精神的病ともかんがえられる。この点をもう少し立ち入って考えてみたい。
ningen no yowasa 3 ー スモールワールド
思考と行動への拒否反応は、確かに青春時代に多く見られる。といって本当に若者だけの病なのか。
『 惰性 』という言葉を最も嫌うのは若者であり、それを誰よりも感じ取れるのも若者だと言えるようだ。
「大人になれ」と忠告する多くの人々は、かっても今も、未解決のまま放置し、日常生活の流れに身を委ね
つつ、逃避行為の言い訳を幾つも用意しているのだ。彼女は行動・学習・具体的目標設定などによって克服
を試みたけれども、解消されなかった。一度立ち止まれば、必ず去来するものであった。さらに、知れば
知るほど大きくなる。病という捉え方をする限り解決出来ないのではないかと思う。誰もが通過せざる
得ない病と捉えることは、「大人になれ」と忠告する人々と同じになる。それでいいじゃないかと考える人
ならよい。しかし、彼女はそうではなかった。ではどのように捉えたらよかったのか。
司馬遼太郎氏は、『 街道をゆく 』というテーマで二十五年を費やした。そしてしばらく中断していた 最中にこの世を去った。取材は国内をほぼ踏破し、国外八ヶ国に及んでいる。
1997年秋よりNHKで特集が組まれている。大地に根ざす人々の痕跡と生の姿を求めた四半世紀で あった。後世に残る歴史書になろう。
彼は戦後復員してきて、青梅街道あたりから関東平野を一望した時の感慨が、このテーマの出発点であり、
最終目的地でもあると述べていた。ものの見事に破壊されていた。と同時に彼の体現してきたことも
破壊された。歴史の為したことなのか。人間が為したことなのか。自然と歴史さらにそれらを育む人間を
破壊したのは何故か。そうしたことが入り混じった感慨を二十五年間胸中で噛締め、その後の二十五年 という長い歳月を費やした。
私は、ここに彼の一つの世界観が在ることを知らされた。
高野悦子は、「自分の世界をもつよう心がける。」と記している。この『世界』そして『世界観』なる ものが、左記の解決の糸口となるのではないだろうか。
彼女は待てなかった。彼女の行動は『いたたまれない衝動』の結果として考えられる。
未熟さとは異なる次元にあったといえる。行動の論理化は行動の後になされ、結果と反省を伴っていた。
当時の多くの運動組織と同様に、行動そのものに価値があり、勇気があり、組織の正当性が認められた
のである。結局、彼女のスモールワールドは、彼女に安息の地を提供したに過ぎなかった。
ここで大事なことは、行動ではなく肉体でもなく、提供したのがスモールワールドであったことである。
スモールワールドを彼女は認知しなかったが存在していた。自己を見つめ直すことすら、その気力まで
なくして、出来ずに終わったけれども存在していたのである。
では、その『 世界 』とは何であろうか。次に明らかにしてみよう。
world ー 『 世界 』とは
『 世界 』、私が追求したいのは精神世界のことです。人間が主体的態度で何らかの価値観に基づいて
形成したものである。実体験によって育まれた価値観であって理論的概念ではない。
感情を有する生物であれば必ず持ちうるものです。しかし、人間以外の生物の場合、人間がその気配を
察知しなければ存在するとはいえないのである。私が飼っている犬のことを例として話しましょう。
彼には、恐怖心・喜び・悲しみ・怒り・悩み・嫉妬心・夢などが人間と同じようにあります。さらに
それらの表現は、瞳の動き・顔の表情と変化・態度・しぐさなどに見られる。それは言葉をまだ知らない
幼児と何ら変わらない。声の質も強弱も、さらに口・顎の使い方を心得ている。最近のブームで注目されて
きたがノイローゼに陥ることもある。寝言を聞くと夢も様々に見ている。
人々は何らかの組織に所属しているが、そこでこんな経験はないだろうか。組織体そのものを愛する
ことです。その中に所属している人達以上に愛することを。人間より組織を愛するとは何事かとお叱りを
受けるが事実あるのです。しかしよく考えてみると、組織体を愛したのではなくて別のものを愛している
ことを誤解していたのです。確かに、組織には歴史があり社会的役割などを持っているが、愛したのは、
その企業で過ごしている間に形成され、育まれた自分自身の固有の『 世界 』(あるいは世界観)を
愛していたのです。
また、同志と呼べる人や共に人生のある時期歩んでもよいという人には、自分と似通った『 世界 』を
発見するだろう。そしてこの『 世界 』は一個人に複数存在すること、相互に重なり合うこと、多岐に渡ることがある。
子供の遊びに存在する世界、趣味における世界、家庭にみる世界、喫茶店での世界、日記の世界、
恋人と過ごしている世界、などなど。何と多いことだろう。たとえ、既に持っている世界が否定される
事態になっても恐れなくてよい。新たな『 世界 』が誕生するのだから。恐れなくてはならないのは、
演技者としての世界であり、機械人間としての世界であり、偽りの世界である。( これを書いた半年後、
神戸で中学生による惨殺事件が起きた。恐れる世界を抱いた結果である。)
うつ病的な心の状態は存在しつづけなければならない。繊細な感受性を否定することはない。各人固有の
『 世界 』は他者の及ぶところではないが、気配を察知することは出来る。
高野悦子が持とうとした『 世界 』は別の機会に譲りたい。
彼女は不幸にして(生きている者からの判断だが)、気配を察知する人に出会えなかった。
彼女の人間としての生き様はかけがえのない『 世界 』から発せられたものである。
他者から与えられた世界ではなく自ら創造した世界を持てるように生きていきたい。
そのことを遺された人々に告げたかったに違いない。
― 続く ―
大変長い間、お付き合い頂き有り難うございました。
ここで三十回忌に捧げるコメントをひとまず終わります。
今後の展開は『嵐山文学』のなかで行なっていきたいと考えております。
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