小 野 一 族
|目次|T|U|V|W|X|Y|Z|南部への道
南部藩三代目城主は南部重直です。彼は二代目利直の嫡子として慶長十一(1606)年に 江戸で誕生する。寛永三(1632)年に父利直の死にともない、藩主の座を継ぐことになる。 翌年、盛岡城が完成すると、彼は江戸から帰国し盛岡城を居城に定めた。 この物語は古代において天皇制の礎を確立した継体天皇の生まれ故郷である滋賀県高島町から 遠く盛岡の地に移住し近江商人の力量を存分に発揮した小野一族のフィクションです。 ある程度史実に即して進めていきたいと考えていますが、あくまで作り話であります。 さて、南部重直は、最近まで家臣の意見を聞かず幕府の法をもたびたび無視し謹慎の罰も 受けた「暴君」という評価がなされてきた。 ところが近年になって彼の素行が見直されてきているという。つまり彼の武断的独裁政治は 個人的性格によるものではなく、南部藩政を確立させるための、歴史的必然性から生まれたも のと考えられるというのです。たとえば単に茶の湯を好む彼の文人趣味によるものだけでは なく、九戸・閉伊の砂鉄と北上山地の木炭を使って精錬することで、領内の産業育成に結びつ けたのであろうと。 彼のことはまた別の機会に譲るとして、彼が元治2年(1659)、京の釜師・小泉仁左衛門を 召抱え、茶の湯釜を造らせた頃から始めたいと思います。 小泉仁左衛門は単に釜師を専業としていた人物ではなく京の文人・商人でもあった。 京から盛岡に赴くことは、彼の一家だけではなくて一族郎党引き連れての移住を意味していた。 さらに名人と世に知られた彼の技は釜の製作過程に関わる一切の優れた専業者を必要とした であろう。