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up date 2004.11.08
(1) 一途な恋 同志という認識の下に恋することがある。若くしてその恋心を宿した人がその結末を見ることなく 年を重ねて家庭を築き子供を育て終えた頃に、今は亡き某放送作家の若き日の「一途な恋」と題 されたフィクションをドラマ化した番組を見た。女優はこの人しかいないという適役であった。 男は見つつ、その恋の真相に強く惹かれ、翌日浮かれた身体を引提げて本屋に向かった。 手にした彼女の文庫本の帯には「一途な恋」の刊行宣伝文が載せてあり、探す手間なく、あうんの ごとく熱き想いが叶ったのでした。 昨年から「あらすじ本」というものがブームになっているらしい。一面であるが、こういう見方が それに対して言える。あらすじの元は小説であり作品であるのだが原作者の意図から遠のいて あらすじは成立するものと思う。私が志向する文学はあらすじの通じない作品であると思った。 一途な恋は少なくともあらすじとは無関係にあるとも思った。あらすじを思い描いて恋する人が いないように当人達もまた自分達の行為に「一途な恋」という言葉を当てはめないにちがいない。 私にとって筆が進む形は日記であったし、今もそれは変わらない。今生きている証を言葉で表現 したいと切に願うからで、彼女が得意としたといわれる表現の才は、この場合無用となる。
(2) 落ち逝く恋 久坂葉子全集刊行ー 十九歳で芥川賞候補になりながら二十一歳で自ら死を選んだ作家・・ 久坂葉子(1931−1952)・・・ 「道化を演じ、プライドも捨てきれずに孤独、悲しみ、淋しさを必死に生き抜こうとした。」 (編者評)ー2004.1.28日経朝刊紙面よりー 半世紀後の今、二人の若き作家が芥川賞を得た。 日記を読んでみたいと思った。まだ手にしていないが、私の生まれた頃の時代であり 高野悦子さんとの類似する部分があるのではという直感が起きたこともある。 調べる中で、太宰治の「斜陽」が近づき、戦後文学の蠢きにも惹かれた。 一方、毎日新聞朝刊には、パラオで旧日本兵十一人分の遺骨発見が報じられていた。
(3) 知られざる恋 先日、嵐山の大堰川北岸に面した一角で、足利尊氏が後醍醐天皇の霊廟として建立した神社 の鳥居柱の跡が発掘された。多分そうであろうというのが現段階の推測です。 当地には、明治から四半世紀前まで「タイランボウ」という名の料理旅館があった。八瀬の 釜風呂に対して、当館には蒸し風呂があり、また、昭和天皇が宿泊されたことでも知られる 旅館でもあった。私の記憶の中では女主人であった。桂女という呼び名が洛西にはかつて あり、今日なお残る大原女などとその起源は近い。近くにはかつて、大女優と呼ばれた浪花 千栄子の邸宅もあり、また古くは平家の時代の「小督塚」もあったりして、私の抱くイメージ には今も「知られざる恋」なる想いが重なっている。 大堰川の朝靄や川の流れ、せり上がった急な斜面の荒々しさに接したことのある人なら 「知られざる恋」や「叶わぬ恋」の小心さを諭されたことがあるだろう。