『 高野悦子 』PART2・・・  間人  彰



プロローグに代えて  ー  ある対話  ー  続き  









関川夏央さんの「砂のように眠る」(新潮社・97年)はまだ読んでいませんが、高橋和巳編

「明日への葬列」(合同出版・70年7月初版)という本を読みました。ここには60年代

反権力闘争に倒れた十人の遺志と副題されているように時代背景とともに私生活や交友関係

などを含めて彼等の死への軌跡と遺志が分析されています。七人の著者が語っている点で

より客観的に当時の状況が把握できると思います。編者である高橋氏は序文を担当し、その中で

彼等の死の意味と遺志について日本国民の戦後処理を展開しながら総括しています。

60年6月国会構内で殺された樺美智子さんに始まる葬列は、偶然にも69年6月高野悦子

さんの死を招いたとも考えられるのです。一度読んでみて下さい。







 貴方の弁ではないですが、きまじめな彼女が「議論のための議論」や

「活動のための活動」などの空虚な時代に翻弄されていたであろうことが

想像されます。例えば、高野悦子は69年から学生運動に答えを求めるように

参加し出しますが、その年に始めには東大安田講堂が陥落してます。つまり、

答えを求めて参加した学生運動も既に内ゲバが激化し収束に向かっているのでした。







「議論のための議論」や「活動のための活動」が何故為されなければならなかったかを

考えて欲しいのですがそれは先の遺志にも関わることなのです。埋めるべき戦後処理の

残された課題の為とも考えられます。収束に向かっているというのは消滅に向かうという

意味と誤解されますが、70年安保を見据え各派が意図的に収束させたと考えるべきです。





 また、彼女は自分が「女性」であることにも悩んでいたようです。当時、

女性の社会進出はまだまだ進んでませんでしたからね。

 そして、「学生とはどうあるべきか?」という問いも幾度もなされています。

当時、大学進学率が増加して、いわいる「マスプロ教育」の問題が非常に

議論されていたようですが、学生を取り巻く環境の変化の中で「大学で何を

なすべきか」という問いに答えを出すのは困難だったでしょう。





その点は現在の学生の方も共通することで人として登竜門だと思います。答えを

見出すのに困難な状況はいかなる時代でもあると思います。  





 以上のように私は周辺から何とかこの「二十歳の原点」の提示する人間と

しての普遍的な問題について考えようとしてました。

 さて、そんな私は貴方の文章を読んで何を感じたでしょうか。

何といっても貴方の文章は最初から核心に迫っているように感じ

ました。どうも私は細部にこだわってこの本を読んでしまう傾向がある

のですが、貴方の文章は視点が広く感じました。

 そして、貴方の文章で一番私の心に響いたのは;



ー 「大人になれ」と忠告する多くの人々は、かっても今も、未解決のまま

 放置し、日常生活の流れに身を委ねつつ、逃避行為の言い訳を幾つも用意

 しているのだ。彼女は行動・学習・具体的目標設定などによって克服を

 試みたけれども、解消されなかった。一度立ち止まれば、必ず去来する

 ものであった。さらに、知れば知るほど大きくなる。病という捉え方を

 する限り解決出来ないのではないかと思う。誰もが通過せざる得ない病と

 捉えることは、「大人になれ」と忠告する人々と同じになる。ー



という部分でした。高野さんは死んでしまいました。私はやはり彼女は

焦り過ぎたと思います。また、時代が彼女の焦燥感を加速させたのでしょう。

 私がこの本を読んで「焦ってはいけない」ということも学びました。

 しかし、しかしですよ。いつのまにかに、その「焦ってはいけない」と

いう気持ちが、「時が解決するさ」という気持ちになっていたと思います。

それで、今回貴方の文章を読んでショックをうけたのでしょう。

 今思えば「砂のように眠る」は危険な本かもしれません。この論評は

高野悦子の苦悩を全て時代のせいとして、人間としての普遍的な問題を

見過ごしてしまいかねないかもしれないからです。そうすれば楽でしょうから。

 何かを求めようと焦る気持ちと焦ってはいけないという気持ちのバランスが

非常に難しいと今つくづく思ってます。



 さて、



「 少しの疑問点でもけっこうですし、友人と交された話でも聞かせて

 もらえれば「続高野悦子」を書くうえで大いに助かりますので

 よろしくお願いします。12月より始めます。」



とのことなので、1つ私には難しかった部分を書かせて下さい。それは;



「 これを書いた半年後、神戸で中学生による惨殺事件が起きた。

 恐れる世界を抱いた結果である。」



という部分です。貴方の言われる「世界」という概念自体難しいの

ですが、その例(?)としての「恐れる世界」というのはもっとわかりません。

まぁ、本題とは少しズレているかもしれませんし、「続高野悦子」では彼女の

求めていた世界についても書かれるようなので、それを読めば「世界」という

概念が私にも少しはつかめるかもしれません。ということで続編を待たせて

もらいます。







以上がOさんと私自身との手紙を介した対話でした。



お互いに3−4年前にまとめた「二十歳の原点」との関わりの接点です。



私は彼への返事を書いている最中、思わず「貴方は一体誰ですか」と記していました。



過去の自分と対話していると、ふと錯覚したのです。     ー プロローグ完 ー







ー この章の最後に、参考までに手紙の末稿を添えておきます。ー





 最後に、友人と話題にのぼったことを少し書かせてもらいます。

これらは、はっきりいって問題の本質とは関係なくマニアックなことですが、

一応「二十歳の原点」に関することですから。

 まず、「二十歳の原点」は1996年から「新潮の100冊」から外され

ました。これによって、この本を手にする人の数は減るのではないでしょうか。

残念なことです。

 それから、彼女の父である高野三郎さんは10年くらい前まで西那須野の

町長さんをなさっていたのですね。娘を亡くしてから、町長まで勤めた。

彼女の日記を死後公開したりと彼はかなりの「人物」なのでしょう。

それだけの人物を父にもった悦子さんが自分がファーザー・コンプレッウス

だと常々思うのも無理ないなと思いました。

 さらに瑣末なことですが、「二十歳の原点」は映画可化されていたんですね。

また、この映画化を記念してレコードが出ました。角さんの語りと演奏が

交互になされるレコードです。で、この演奏しているのがある有名なバンド

でして、そのおかげで先月CD化されました。ただし、語りの部分はカット

されてます。とにかく、レコードマニアの間で最近「二十歳の原点」という

タイトルをよく耳にするのですが、変な気分です。



 以上、私の浅はかな感想はこんなものです。書き終えてみると、貴方の

文章への感想というより、私なりの「二十歳の原点」の感想に

なっているかもしれませんが、少しは参考になれば嬉しいです。





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