高野悦子三十三回忌に捧げる
1969年6月24日未明、京都市円町駅東一kmの地にて没す。
享年二十歳でした。
三年前にホームページ開設した動機の一つが彼女の生涯を知ってほしい私の
願望でした。その願望はお陰で達成できました。
2001年を迎えてなお、新潮文庫では増刷されています。
「二十歳の原点」「二十歳の原点序章」「二十歳の原点ノート」
全編が彼女の日記です。公開する意図はなく、辛うじて残された日記です。
日記を書かれた方ならご承知ですが、日記に書かれたことが彼女の全てでは
ありません。勿論真実を曲げて綴られたものでないことは誰もが理解できる
ことです。書きたくても書けなかったことが多々あると思います。
認めてはならない思考、感受するが容認できない感性の領域にあることなど・・
ネット上で、彼女の日記を読んで評する人、感動したことを表現する人が
様々にあります。
その内容について、「そうではないんだよ」と主張したく思うことがあるものの
いつかより分かる時が来るという確信が今は起きます。
インターネットが当時あればとか、彼女は純粋だからとか、恋が成就していれば
とかの理解に留められている人達に触れて思います。
対人関係については、自己主張の鮮烈な人であったと思います。
行動についても私達が及べるところではなかった。
それは当時出版された後に寄せられた多くの寄稿者の文面の一部からいえる
ことです。渦中に過ごしていない人には理解できないと言うことではなくて
一つ一つの課題について、彼女が内包した比重に近づかない限り理解が
及ばないということだろうと思います。
潔癖性は日本人であれば誰もが持っている性格です。
その性格に鈍感になるのではなく、その性格に甘んじることなく
その性格が招いた結果についても直視通す厳しい態度がとれるかどうか
だろうと思います。
人は弱いです。弱いですが、生きねばなりません。
どう生きるかがその人の生だろうと思います。
彼女が残してくれた生の軌跡を軽んじてはならないのです。
33ののち
【 高野悦子論考 】
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